佐原 誠

( Sahara Makoto )

佐原 誠(さはら まこと:サハラ事務所)

京都府宇治市生まれ。デジタル・アナログの垣根はなく、話をお聞きしてから、道を指し示したり一緒に歩ませていただくことが多く、主に広報活動に関わっています。ランニング(マラソン・トレイル)は2014年9月から始めています。

まとまりなく頭に過ぎったことをSNSで吐き出すだけでなく、文章として思いを綴る体験が心地良いこともあって、ブログ(note)を用いる機会が増えてきました。また、身に余るお話をいただき、ル・プチメック コラムに月イチ寄稿しています。

■連絡先(SNSなど)

■概要

何やってる人?」と言われることはあります。

裏側での仕事も多く、何事も露わにしておらず、そんなイメージになっているんだと思います。広報活動(パブリック・リレーションズ)を主体として起業・プロジェクトなどの支援に関わることがあります。

具体的に噛み砕くと、ギャラリーの展示・設営、店内POP、DM、ポスターなどのグラフィックデザイン、パッケージデザイン、ウェブデザイン・構築・運用、起業および新規事業のコンセプトワークなど、裏方としてクライアントの目的達成に助力することが多いです。

加えて、自らのサービスやプロジェクトも運営しています。


主な支援業種

  • 金属工芸(製造・販売業)
  • 額縁(製造・販売業)
  • 雑貨(販売業)
  • 木工家具(製造業)
  • 織物(製造・販売業)
  • 飲食(サービス業)

定額料金で利用できるホームページ構築・運用サービス。

メキシコと日本との産業発展の懸け橋とした活動。

メキシコ合衆国政府の認定機関 テキーラ規制委員会(CRT:Consejo Regulador del Tequila A.C.)が主催しているテキーラセミナー「T Award」の日本国内での運営。

■これまで

  • 京都市内を主な活動拠点として「サハラ事務所」を屋号としています。
  • 京都ラテンアメリカ文化協会の「常任理事」として委嘱を受けました。(2018年 − )
  • 木嶋神社の「氏子」として剣鉾建てに参加しています。(2012年、2015 − )
  • 町内会の「会計」に任命されました。(2017年 − )
  • 町内会の「少年補導員」として委嘱を受けました。(2016 − 2017年)
  • 町内会の「組長」していました。(ほとんどの活動は妻でした...)(2014年)
  • 右京消防団太秦分団に所属(一応...)しています。(2012 − 2018年「班長任命」 − )
  • 京都市右京区太秦に引っ越してきました。(2011年12月)
  • 御神輿木嶋神社、八坂神社)の御奉仕をしています。
  • 実家(宇治市)のお店「わかわし」を手伝っています。

理念や哲学を「やわらかく捉え、考え、動く」ということに意識しておく。コレ以上具体化すると「やわらかく無い」のでやらない。

2018年(47歳)

京都でも指折りのパン屋さん「ル・プチメック」が運営されているウェブサイトの「コラム」にて定期的な執筆が始まる(駄文で失礼)。


2017年(46歳)

Hermanas Project」によるスピンオフ事業として日本テキーラ協会主催「オンラインテキーラ検定(入門講座)」をサポート(現在は休講)。


2015年(44歳)

2011年から日本国内にて開催しているCRTテキーラアワードの運営組織を「CRTセミナー日本事務局」として再始動。


2014年(43歳)

「サハラ事務所」を開所して、企業(店舗・個人事業含む)の広報活動を支援。


2011年(40歳)

ホームページの情報の陳腐化を防ぎ、運用更新の手間を軽減する仕組みとして「SUGUWEB」を立ち上げ、その運営を開始。

同年、広報を主な領域とした新規事業の立ち上げメンバーとして参画(現在は脱退)。


2010年(39歳)

クライアントが運営しているギャラリーの展示企画の支援を開始。

同年、京都市とメキシコ・グアダラハラ市が姉妹都市30周年として行われた企画を手伝い、今の「Hermanas Project」の基盤が作られる。


2007年(36歳)

ウェブサイトのコンテンツづくりとして、ギャラリーの出品作家のインタビュー記事を制作、読み物として価値は大切と実感。


2005年(34歳)

京都市内の地図を基盤としたフリーペーパーの運営スタッフとして、様々な店舗と京都の街との接点が生まれる。紙とウェブ、独自開発されたブログを提供し店舗に自ら情報発信してもらう仕組みを提供、慣れない作業による不精と相手の見えないインターネットへの投稿は時期尚早であった(現在は脱退)。


1995年(24歳)

その春からおよそ10年間、作品の制作活動を行う。当時、作品を買っていただくこともあったし、イギリスのChristie's(アートオークション)への出品も経験(現在は休眠)。

当時の生計は美術予備校専門学校の講師、飲食店のスタッフ、駐車場のオペレーター、日雇い解体業など...


1991年(20歳)

空間構成が比較的得意だったというだけで京都精華大学美術学部にて立体造形を学ぶ(現:京都精華大学芸術学部造形学科立体造形専攻)。


1990年(19歳)

一浪してからなんとなく美術大学に行きたいと思い、美術予備校に入ると真剣に鉛筆でデッサンしている人たちの熱と画力に圧倒される。


1971年(0歳)

京都府宇治市に生まれる。高校卒業するまではのんびりと何の目標も持たないままお気楽に過ごしている。

■海外渡航

過去の海外経験をちょっとふりかえる。もう10年以上飛行機に乗っていない♪

どっか行きたいー。(誰かww)


  • 2003年(32歳) 香港、アメリカ(NYC・UTAH州)
  • 2002年(31歳) 香港、韓国
  • 2001年(30歳) ハンガリー、オーストリア、ドイツ
  • 2000年(29歳) 韓国
  • 1999年(28歳) ドイツ、フランス(Parisのみ)
  • 1998年(27歳) ドイツ、スイス
  • 1996年(25歳) メキシコ、グアテマラ

(その他、トランジットだと、シンガポール、マレーシアぐらいかな?)